東京家庭裁判所八王子支部 昭和44年(少イ)1号 判決 1971年12月11日
被告人 東谷充明こと趙雙済
主文
被告人を罰金一〇万円に処する。
右罰金を完納することのできないときは、金三、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
一、罪となるべき事実
被告人は、社会福祉法人全和会の理事で同院の経営にかかる八王子市美山町二一七〇番地所在の精神薄弱児施設「中央学院」の院長として、同院の業務一切を統轄し、その責任を負つていた者であるが、入所中の院児を使つて次のような、精薄の児童にとつて過重な作業をさせたものである。
第一、昭和四二年春ごろから、同四三年一〇月初旬までの間、当時満一八歳に満たない児童である、入所中の院児N・O(昭和二七年七月二七日生)を、また同四四年四月下旬頃までの間、同じく院児であるM・Yほか三名の児童(別表(一)参照)をして、日曜日を除き殆ど連日、早いときは午前五時前後ころ起床させ、おおむね午前五時半ころから六時ころ、トラックに乗せて同院を出発し、通常午前一〇時ころ帰院するまでの間、日野市富士町一番地の富士電機製造株式会社東京工場内でゴミ処理、屑拾いをさせ、また八王子市旭町一丁目一番地、国鉄東京西鉄道管理局物資部八王子配給所においてダンボール等の屑拾いの作業をさせた。
第二、昭和四四年一月中旬ころから同年四月六日までの間、右N・Oを、また同年一月中旬ころから同年五月二日ころまでの間、いずれも当時満一八歳に満たない児童である、入所中の院児T・T子(昭和二九年三月二一日生)、S・N(昭和二八年四月六日生)、T・Z(昭和二八年一月六日生)及びT・S(昭和二八年二月二六日生)ほか三名の児童(別表(二)参照)を、また同年四月初旬ころから同年四月末までの間、D・N(昭和三〇年一一月六日生)ほか二名の児童(同別表参照)をして、それぞれ日曜、祭日、を除き、殆ど連日午前八時半ころから午後五時ころまでの間、被告人においてその責任の下に、同院に隣接して設置されてある豊丸商会の作業場内において、精薄の児童にとつて必要な時間の配慮をせず、十分な休養時間を与えることもなく、一日の製造数を定め、これに達しないときは、時には午後五時をこえて残業をさせ、或はテレビカメラを備付けて看視督励するなどの方法を用いて、右豊丸商会が他から請負つたトランジスター・ラジオなどの部品の組み立ての仕事等をさせ、時には細かい作業でハンダ付けなどのため頭が痛み目が疲れる者も出るような作業をさせた。
而して、右第一、第二の事実における児童使用による収益は、これを児童らのために与え或は貯金する等のことなく、また監督官庁(東京都知事)の認可を受けることもなく、右中央学院の連営のために使つたものである。
二、証拠の標目
(1)、被告人の当公判廷における供述
(2)、被告人の司法警察員並に検察官に対する各供述調書
(3)、当公判廷における証人小栗義一、同田渡昌雄、同赤生昇、同池沢泰典、同森信子、同磯部直子、同伊東貞雄、同尾崎等、同野村音次郎、同中井川洋、同田所貞造、同横倉利雄、同植田弘、同趙明、同渡辺堯子、同前田直蔵、および同仲野好雄の各証言
(4)、司法警察員作成の実況見分調書
(5)、押収してあるTMタイマーケース一個(昭和四六年押第六五号一)TMタイマーケース(但し未完成のもの)一個(前同号の二)JH一一一二ベース一個(前同号の三)JH一一一二ベース(但し未完成のもの)一個(前同号の四)六F二一Wシャーシ一個(前同号の五)二一Wシャーシ(但し未完成のもの)(前同号の六)六五型テストリード一個(前同号の七)六五型テストリード(但し未完成のもの)一個(前同号の八)K三〇D抵抗器部品1/2F四五二K一個(前同号の九)K三〇D抵抗器部品1/2F四五二K一個(前同号の一〇)K三〇D抵抗器部品1/4PH一四、六K一個(前同号の一一)K三〇D抵抗器部品1/4PH一四、六K(但し未完成品のもの)一個(前同号一二)K三〇P抵抗器部品1/2F四九一個(前同号の一三)K三〇P抵抗器部品1/2F四九(但し未完成のもの)一個(前同号の一四)K三〇D抵抗器部品1/4PF一〇〇K一個(前同号の一五)K三〇D抵抗器部品1/4F一〇〇K(但し未完成のもの)一個(前同号の一六)
三、当裁判所の、事案に対する認識、法律的見解、及び弁護人の主張に対する判断
本件児童福祉法違反事件における問題点は、当裁判所が証拠に基いて認めた、児童の労働力を過度に使用した事実が、児童福祉法(第三四条第二項)に違反する「児童の酷使」、に該当するかどうかという点更に被告人が意図的に在院する児童を中央学院の収益を計る目的で職業指導に名を借りて、酷使したかどうかという点にある。
この点について、弁護人は、かりに本件の事実が認められるとしても、かつまた児童福祉施設最低基準に反したとしても、処罰に該当すべき「酷使」とは言えない、従つて無罪である旨、主張する(刑訴法第三三五条第二項)。
そこでまずさきに、被告人の本件行為の動機、その意図等について考えてみるに、被告人は中央学院を運営するについて、当時公の補助も十分でなく財政困難に陥つており赤字の補てんに悩み、そのやりくりについて苦慮しておつたところ、たまたま富士電機、或は国鉄物資配給所におけるゴミ処理、屑拾いの仕事、並に学院に隣接する、父親の経営する豊丸商会の作業に人手の必要があつたので、これに院児を利用して働かせ、その収益を中央学院のために使つたものであることは認められるが、当初から積極的かつ意図的にこれを為したものと認むべき証拠は十分でない。しかし、被告人は児童が精薄児たることをよく考えるいとまもなく、またその実体を深く認識せず(或はその認識に過誤があり)、かつ作業が院児らに無理であり、仕事の性質上好ましくないことを内心感じつつも、敢て事をあせり、いささか背のびして、児童の安心と信頼感並に職員の十分な納得を得ないまま強行したという事実は認めるに難くない。そのため結果的には、児童らを職業指導の名のもとに働かせ、その得た金を学院の収益として利用したことになつたものというべく、その点について被告人は院長(施設長)として職務違反もしくは重大な過失があるのみならず、証拠に照しても個々の所為について未必的な故意を認めることができる。
次に右認定の事実が児童の酷使に当るかどうかについて考えてみる。
思うに、児童福祉法は、日本国憲法の精神に基いて立法された諸法律の中でも、とりわけ児童の福祉、その心身の健全な保護・育成について国民一般、並びに国及び地方公共団体につよい連帯的責任のあることをうたい、その心身の健康な発達を阻害するような行為をつよく禁止し、他の法律に類例の少ない程のきびしい責任を当該違反行為者に求めている。ことに養護施設、精神薄弱児施設等においては、法第四一条第四二条以下において、施設の性格並に児童処遇の基本的態度について規定し、入所した児童の愛護と保護育成に欠くるところのないように配慮しているのである。従つて児童福祉法第三四条第二項における「酷使」とは、これらの施設において、単に社会常識上の判断のみならず、児童福祉法の精神に照し、時間的にまた行為(作業)の態様において、児童の労働力を当該児童の性能等に照し、過度に使用することを意味するものと解すべきである。かつ、施設の運営については「児童福祉施設最低基準」(昭和二三年一二月二九日厚生省令六三号)が定められており、とくに職業指導を行うに当つて遵守すべき事項をくわしく規定している。この最低基準の規定(とくに第七一条、第七三条、第八〇条等)に則つて本件事案を考察してみると、一日についての作業時間、作業の継続時間を始め、作業の種類、その心身への影響等、精薄児童について特に配慮して遵守すべきものとして規定された事項を逸脱し、かつその収入の処分についても、右基準に違反しているものと認められる。
もちろん、この行政指導上の最低基準の厚生省令に反したことが、そのまま直ちに罰則をもつて禁止している児童福祉法第三四条第二項の「酷使」に該当するとは必ずしも論理必然的には言えないとしても、同条の具体的な解釈並びに適用にあたつては、右児童福祉施設最低基準がいちおうの基準(メルクマール)となるものと考えられる。また右最低基準の規定そのものも、実は施設における職業指導が、施設の目的に反して児童の酷使にわたることのないようにという配慮から、特に定められていると解すべきである。
そこで、本件事案において、当裁判所認定の事実を如上の見解に基いて総合的に判断すると、被告人の所為は、やはり児童福祉法第三四条第二項において禁止する「酷使」に該当すると言わざるを得ない。
たしかに現実の国民生活の実態や日本人一般の民度に照合して考えると、児童福祉法の理念は高く、現実に先行しこれをこえている感があり、法律を適正に運用しその理念を実現していく上には多くの矛盾があり悩があることは否めない。従つて罰則規定の解釈、運用に当つては、社会の状勢や諸般の状況を深く洞察し、更には国及び都道府県の行政上の配慮が十分であるかどうかをよく勘案して、慎重に判断すべきものであろうと思う。しかしまた他面には、日本国憲法の下で国の過去の過ちを清算し、次の時代の国民である児童をすこやかに育成し、新生日本を再建しようという国民の悲願として児童福祉法を制定し、その実現を約束した国及び都道府県としては、法の適切な実施のために誠意を以て努力し、福祉国家の実をあげるように配慮しなければならないとともに、国民一般も、ここにふかく思をいたし、ことに法の保護の下におかれている施設の運営担当者としては、一般の低い社会的感情や民度を標準とするのではなく、法の精神を尊重し、定められた規定をきびしく遵守して、児童の福祉を完うするように心がけねばならないものと思う。
以上のべた理由により、被告人は右認定の本件事案について児童福祉法第三四条第二項の規定に違反した責任をまぬかれないものと解する。
四、法律の適用
そこで、本件事案を法律に照すと、前記認定の被告人の所為は、児童福祉法第三四条第二項、第六〇条第二項に該当するが、被告人についての諸般の情状をとくに考慮して所定刑中罰金刑を選択するものとする。而して本件の罪数については、すでに労働基準法違反事件等の判例の示している通り児童一人宛につき一罪が成立するものであるから、刑法第四五条前段の併合罪の規定に従い、同法第四八条第二項の規定によりそれぞれの罪について定められた罰金の合算額の範囲内で、被告人を罰金一〇万円に処するものとする。そしてもしこの罰金を完納しないときは、刑法第一八条に則り金三、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用の負担については、刑事訴訟法第一八一条第一項を適用し全部被告人の負担とする。
よつて、主文のように判決する。
(裁判官 森田宗一)
別表(一)
T・H(昭和二七年一一月二日生)
S・T(昭和二八年七月一一日生)
M・A(昭和二八年九月一一日生)
別表(二)
H・M(昭和三一年二月二日生)
T・K子(昭和二八年一〇月一二日生)
M・R子(昭和二七年三月一六日生)
N・O(昭和三一年五月二三日生)
B・I(昭和二九年七月一日生)